大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和48年(オ)530号 判決 1976年11月04日

上告人 国

訴訟代理人 貞家克己 木村博典 丸山稔 吉野衛 岩渕正紀 青木明 ほか一名

被上告人 黒柳末吉

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人貞家克己、同木村博典、同丸山稔、同吉野衛、同岩渕正紀、同青木明の上告理由第一点、第二点について

財産税法(昭和二一年法律第五二号)五六条の規定に基づく物納において、物納財産の所有権移転時期は、物納許可の時と解するのが相当であり(最高裁昭和三八年(オ)第一五五号同四二年五月二日第三小法延判決・民集二一巻四号八一一頁参照)、所論のように所有権移転登記が経由された時と解すべきものではない。これと同旨の見解に立つて、物納許可の翌日をもつて本件土地の取得時効の起算日と定めた原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第三点、第四点について

原審は、原判決のいわゆる甲乙線及び丙丁線以南の土地部分については、被上告人において終始これを自己の所有と考え、その賃借人らにおいても同様に考えていたとの事実を認定しているのであり、右認定は原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。右事実関係のもとにおいて、被上告人が所論の土地部分を物納許可の時以後二〇年間、継続して自主占有していたと認められる旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の認定しない事実を前提とし、独自の見解に基づいて原審の判断を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 下田武三 岸盛一 岸上康夫 団藤重光)

上告理由

第一点原判決は、取得時効の起算点についての法律の解釈を誤つたものであり、これは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背ということができるので、これを破棄するのが相当であると思料する。すなわち、

一 原判決は、被上告人が提起した所有権確認の反訴を一部認容し、その理由として、被上告人は、財産税の納付として本件土地(原判決主文第二項において被上告人の所有と判示した土地)を上告人に物納した日(昭和二二年八月五日)の翌日から二〇年間占有したから、上告人の本訴提起の日(昭和四二年一二月二六日)以前である昭和四二年八月六日の経過により、本件土地の所有権を時効取得したものというべきである旨判示する。

二 しかし、被上告人が上告人に本件土地を含む東京都杉並区高円寺南二丁目二〇〇番一、二の土地合計四、四〇七・五三平方メートル(一、三三三・二八坪)を物納したのは、昭和二二年八月五日ではなく、昭和二四年六月一八日である。そもそも、財産税法施行規則第六〇条によれば、物納の許可を受けた税額に相当する財産税は、物納に充てようとする財産の引渡し、所有権移転の登記その他法令により第三者に対抗することができる要件を充足した時において納付があつたものとされ、同規則第五五条によれば、物納に充てるべき財産の状況に著しい変化を生じたときは、収納の時の現況により収納価額を定めうることになつており、これらの規定の趣旨を考慮すれば、物納の許可がなされた段階ではいまだ確定的な所有権移転の効果は生じないものと解するのが正当といわなければならない。従来、物納の性質については議論の存するところであるが、金銭給付に代えて物で給付する一種の代物弁済たる実質を有するものであることについては、異論のないところと思われる。ところで、最高裁昭和四二年五月二日第三小法廷判決(民集二一巻四号八一一頁)によれば、財産税について不動産が物納許可の対象とされた場合、財産税債権は、右許可によつてただちに消減するものではなく、右不動産について物納許可を原因とする所有権移転登記手続が完了するまで存続するものとされており、この趣旨よりすれば、物納の許可によつてただちに代物弁済の効果が生ずると解するよりは、右許可は、単に租税債務の履行方法の変更を許可するという性質のものと解するのが相当であるように思われる。すなわち、国税については金銭納付が原則とされ(国税通則法第三四条一項)、物納は、法律の定める場合にかぎり、例外として認められる(同条三項)のであるから、物納の許可は、この金銭以外による国税納付の禁止を解除する性質を有するものと解することができる。かかる禁止の解除によつて代物弁済の効果がただちに生ずると解するのは、法律常識に反する。けだし、そこには所有権を移転するという物権行為がなんら存在しないからである。本来ならば、かかる禁止の解除後、国税債務を負担する者が、あらためて物納の目的とされた不動産について国との間で所有権移転行為を行なうのが通常であろうが、昭和二二年政令第一〇九号(財産税法等による物納に因る不動産登記の特例に関する政令)第一条は、税務署長に、物納の許可後いつでも、嘱託書に登記義務者の承諾書および登記義務

者の権利に関する登記済証を添付することなく、当該不動産の所有権移転の登記を嘱託することを認め財産税法施行規則第六〇条は、この所有権移転登記が行なわれた時に財産税の納付があつたものとしている。そして、これらの規定は、物納の目的たる不動産については、その所有権移転登記が行なわれた時に、所有権移転の効力が生ずると解することによつて、最も理論的に矛盾のない説明が可能となるのである。ただ、このような見解は、登記を対抗要件とするわが民法第一七七条の建前からすると、一つの例外を認めることになるが、そのような例外は、わが法制上決してないわけではなく、法律関係の画一的処理の要請があるときは、むしろこの種の取扱いを認めている。たとえば、滞納処分の差押えについて、国税徴収法第六八条第二項は、滞納者に対する差押書の送達によつて効力を生ずる旨定めながら、同条第四項は、第二項の規定にかかわらず、その差押えの登記がされた時に差押えの効力が生ずるものと定めている(同様に、競売申立記入の登記、仮差押え、仮処分の登記についても、解釈上同一の結論が承認されている。)し、低当権の順位の変更について、民法第三七三条第三項は、その登記によつて順位変更の効力が生ずる旨定めている。同様に、根抵当権に関する民法第三九八条の四、六、九、一六、一七などの規定も、登記を効力要件としている。このように、前記財産税法施行規則第六〇条の規定は、決してわが法体系上に矛盾するものではない。このようにみてくると、原判決が物納許可の時に前記二〇〇番一、二の各土地の所有権移転の効力が生じ、許可の翌日から取得時効が進行すると解したのは、法

令の適用を誤つたものであり、違法といわなければならない。前述したように、右二〇〇番一、二の各土地の所有権が移転したのは、物納許可の日ではなく、所有権移転登記がなされた昭和二四年六月一八日であると解するのが正当であり、取得時効もその翌日から進行すると解すべきである。

三 なるほど、上告人は、第一審における訴状において、昭和二二年八月五日に被上告人から右二〇〇番一、二の各土地の物納を受けたと誤解を受けるような表現を用い、第一審判決も同様の表現を用いているが、上告人は、右昭和二二年八月五日が物納の許可を受けた日であることを明らかにするため、第一審において昭和四三年六月一〇日付準備書面を提出し、その第四項において「原告は、昭和二二年二月一五日被告から同所二〇〇番一および同番二の土地を財産税に代えて物納したい旨の申請をうけ、同年八月五日右物納を許可して同二四年六月一八日登記を了した」旨主張した。被上告人も、昭和四三年七月一五日付準備書面第二、二において、上告人の右主張を認める旨答弁している。そして、右各準備書面は、第一審の昭和四三年六月一〇日および同年七月一五日の各口頭弁論期日においていずれも陳述されているのであるから、裁判所としても当事者間に争いのない右事実に拘束され、この事実を基礎として法令を適用しなければならない。いいかえれば、右二〇〇番一、二の各土地が昭和二四年六月一八日に上告人に所有権移転登記されたことを基礎とし、この事実に財産税法施行規則第六〇条を適用して、右各土地の物納の日は、昭和二四年六月一八日であると判示すべきであり、そして、原判決の考え方に従えば、この日の翌日である同月一九日を取得時効の起算点としなければならないのである。しかるに、原審は、財産税法施行規則第六〇条の適用を怠り、漫然と物納許可の日の翌日である昭和二二年八月六日を取得時効の起算点とし、この日から二〇年経過した昭和四二年八月六日をもつて取得時効が完成したものと解し、被上告人の反訴請求を一部認容するに至つた。しかし、前述のように、取得時効の起算点を所有権移転登記の日の翌日である昭和二四年六月一九日とすれば、いまだ取得時効は完成しておらず(時効は、反訴に対する上告人の昭和四三年一〇月一六日の応訴により中断している。)、上告人が敗訴するはずがなかつたのである。

第二点原判決には審理不尽、理由不備の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。すなわち

一 第一審以来、上告人と被上告人とが訴訟の争点として最も力を注いできたのは、上告人所有の東京都杉並区高円寺南二丁目二〇〇番一一および同番五の土地と、被上告人所有の同所一九九番の土地との境界を確定することであつた。もちろん被上告人は、第一審において反訴を提起し、上告人も抗争しているが、第一審判決は、被上告人が訴外中村ヱミ、同島谷コウから賃料の受領をさし控えた期間中、被上告人の占有は継続していたものとはいい難いと判示し、被上告人の反訴請求を棄却し、第二審においてもこの点に関しては当事者双方とも特に重点を置いた主張、立証をしなかつたのである。しかるに、原判決は、第一審判決と異なり、被上告人の占有の継続を認め、しかも取得時効の起算点を昭和二二年八月六日として二〇年の経過により被上告人は本件土地を時効取得したものと判示した。

二 しかし、被上告人の反訴請求を認容するのであれば、原審としては、すべからく取得時効の起算点について当事者双方に釈明権を行使し、いつ物納が行なわれたかを明らかにすべきであつたと思われる。前述したように、上告人が物納の日として訴状に記載した昭和二二年八月五日は、その後、上告人の前記昭和四三年六月一〇日付準備書面において物納許可の日である旨が明らかにされており、したがつて、たとえ第一審判決の事実摘示にはこの点の記載が脱漏しているとしても、本件記録を精査すれば、昭和二二年八月五日が物納許可の日であることは、容易に判明したはずである。そして、この物納許可の日が物納の日でないことは、財産税法施行規則第六〇条の規定から明らかであるから、原審としてもこの点について釈明権を行使すべきであり、この点において、原判決には審理不尽、理由不備の違法があり、到底破棄を免れないものと思料する。

第三点、第四点<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例